StarsArts × 日本大学芸術学部文芸学科 産学連携プロジェクト(2024)

スターズアーツ防災シンポジウムに見る「多文化共生防災社会」の萌芽

 

 

 2024年4月より定期的に開催されているスターズアーツ防災シンポジウムは、多様な視点から防災について意見を交わし、災害に備えるための「新たな気づき」を模索する場を目指しています。本シンポジウムのレギュラースピーカーは、スターズアーツ理事長であり、防災士の肩書きを持つ本宮透雄氏。毎回異なるゲストを迎え、本稿を執筆している2025年3月時点で開催は10回以上、登壇したゲストは20名以上にのぼります。  本稿の筆者・小神野真弘は、日本大学芸術学部文芸学科の教員としてスターズアーツとの産学連携プロジェクトに関与しており、その一環としてこのシンポジウムの司会・ファシリテーターを務めてきました。本稿では、約1年間続いてきた一連のシンポジウムの振り返り、この取り組みが持つ、「多文化共生防災社会」を実現するための言論プラットフォームとしての可能性を報告します。

 

「異なる人々」の対話から見えてきた
防災のための多彩なニーズ

スターズアーツ防災シンポジウムの最大の特徴は、さまざまな属性を持つ人々が登壇し、「防災」というこの国に生きるすべての人が共有するテーマについて対話を行うことです。これまで登壇したゲストの職業や肩書きは、政治家、医師、行政職員、教員、芸術家、タレント、学生など多岐に渡ります。さらには、半身不随やダウン症といった日常生活における困難を抱える方、日本語や日本文化に馴染みのない海外出身の方、東日本大震災の津波被害を経験した方というように、各々のバックグラウンドも実に多様なものでした。

その結果として、シンポジウムで交わされた意見・知見は、専門ものから一般的な視点からすると「盲点」にあたるものまで、非常に豊かなものになったと感じています。血管外科を専門とする医師の方からは、災害時の避難所生活における健康問題についての対策や課題、とくに高齢者に懸念されるエコノミー症候群を巡る現状が語られました。東京都港区で区議会議員を務める方からは、住民間の交流が希薄になりがちな都市居住者が、コミュニティ単位で災害に備えるための情報発信やルール整備についての提言がありました。
さらに、半身不随やダウン症の方から災害に対する率直な懸念や問題意識を共有してもらえたことは、防災のための「互助」の在り方をアップデートするうえで貴重な機会になったと捉えています。

障がいを持つ方々が災害時にどのような困難に直面するのか、または外国人住民が災害時に必要とする支援とは何か、自分自身がそうした立ち場でない場合、想像することは簡単ではありません。

例えば、ある車椅子ユーザーのゲストからは「地震でエレベーターが使用不可能になった場合、自分は自宅マンションから外に出ることができない」という声がありました。また、在日外国人向けの日本語学校で教師をしている方からは、地震のない国から来たため災害時の備えをしていない外国人が少なくないこと、避難を促す言葉は日本語初学者にとってわかりづらいため、緊急時に効果的なコミュニケーションを行うための事前準備やツールを充実させる必要があることなどが語られました。
こうした対話を通じて、言われてみればごく当たり前のことですが、身体的な特性によって災害時に必要となる助けが異なるということに気付かされるのです。そしてこの気付きこそ、このシンポジウムが「自分とは異なる立場の人々にとっての防災」を考えるためのプラットフォームとして機能している証であると考えます。

 

自分を知り、他者を知ることで「共に生きる」ための防災を

 シンポジウムを重ねることで得られた最大の学びは、防災社会を実現するためには、「助ける側」と「助けられる側」という単純な構図ではなく、相互に支え合う関係を持続可能な形で創出するのが大切である、ということでした。

 それを実現するうえで示唆に富むのは、自身が暮らすコミュニティの住民、つまり「ご近所さん」との相互理解や信頼関係を日頃から構築する姿勢を身につけるべきである、という趣旨の発言が、多くのゲストに共通してみられたことです。
 例えば上述の車椅子ユーザーの方の場合なら、マンションのエレベーターが動かなくなっても、同じフロアの住民と日頃から交流していれば、取り残されてしまうリスクを軽減できます。同様に、何らかの困難を抱える近隣住民を自分が助けるシーンもあり得るはずです。つまり、自分が暮らしている地域の人々を知ること、また自分自身は災害時に何が必要で何ができるのかを知ることは、災害に強い社会をつくるうえで、地道ながら非常に大きな意義を持つ営みなのだと思い至るのです。

しかし、他者を知ること、それも自分とは異なる特性を持つ人々が必要とするものを尋ねるのは、なかなか怖いことでもあります。筆者は司会として、片手が一部欠損しているゲストの方に「もし被災したり、避難所生活を送ることになったりした際に、片手がないことで何か不安があるか?」と尋ねました。ダウン症の方に「突然の地震のような緊急事態の際に、あなたはどんな心理状態になり、周囲はどんな対応をすると安心できるか?」と尋ねました。半身不随の方からは下剤がなければ排便できないと聞かされ、薬品が不足した状況で周囲の人間ができる手助けはないかと尋ねたこともあります。

 
ゲストの方々が抱える困難について質問をするたびに、相手を傷つけたり、辱めたりしないだろうかという逡巡がありました。ですが、すべての方が快く、自分が求めること、自分ができないこと、そして自分にできることを語ってくれたことは、防災を学ぶ一個人として大きな前進だったと思います。個人の尊厳やプライバシーが重視される現代だからこそ、障がいのようなセンシティブな事情を根掘り葉掘り尋ねるのは心理的ハードルが高いものです。しかし、多文化共生社会というスローガンを実現するならば、さらには緊急時に異なる人々が助け合うためには、立ち場を越えた相互理解は不可欠なもの。そうした理解を促進するための対話の「回路」を創出できた点にも、このシンポジウムの価値を見出すことができるはずです。

 

 防災は一過性の議論ではなく、継続的な取り組みが必要なテーマです。スターズアーツ防災シンポジウムは、今後もさまざまな人々との対話を通じ、災害に強い社会、ひいては多様な人々が相互に助け合えるコミュニティの在り方を模索していくことでしょう。

日本大学芸術学部 文芸学科
 准教授 小神野 真弘(おがみの まさひろ)

 

スターズアーツ主催 防災シンポジウム開催リスト

実施回 対談ゲスト ダイジェスト動画
Vol.1 Lisa13
(義手ギターリスト)
動画

Vol.2

井上由紀氏
てとあしの血管クリニック東京 事務局長)
高田翼氏
てとあしの血管クリニック東京 医師)
Vol.3 石橋彩子氏
(東京都防災コーディネーター)
動画
Vol.4 中嶋涼子
(車椅子インフルエンサー)
Vol.5 神崎寿美代氏
(元札幌テレビ放送アナウンサー)
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Vol.6 小池若菜
(シンガーソングライター)
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Vol.7 アンドレイ・ミハイロヴィチ・ソコロフ氏
(日本大学研究員)
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Vol.8 藤澤雄真氏
(日本大学芸術学部文芸学科学生)
杉山雄飛氏
(日本大学芸術学部文芸学科学生)
動画
Vol.9 山田智子氏
(絵の活動名(tomoComoCo))
動画
Vol.10 小神野真弘氏 
(日本大学芸術学部 文芸学科専任講師)
Vol.11 丸山たかのり氏 
(港区区議会議員)
Vol.12 ゲスト1 合田風花氏(スターズアーツ会員)
ゲスト2  坂本繁紀氏(日刊建設工業新聞社記者)
Vol.13 ゲスト1 小松正明・小松信子氏(スターズアーツ会員)
ゲスト2  西村ゆう子氏(俳優・日本語教師・スターズアーツ会員)

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